大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和49年(わ)104号 判決 1975年12月24日

本籍

広島県竹原市忠海町五、四〇五番地

住所

右同

会社顧問

吉田徳成

昭和四年一月一八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について当裁判所は、検察官立岩弘出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役六月及び罰金二〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、広島県竹原市忠海町五、四〇五番地に住所を有し、昭和四五年三月一五日から、同年九月一三日までの期間、大阪府吹田市で開催された日本万国博覧会会場で売店「広島吉田屋」及び食堂「R27」を個人経営していたものであるが、所得税を免れようと企て、昭和四五年一月一日から、同年一二月三一日までの期間において、所得金額が別紙1の修正貸借対照表記載のとおり一七、八三八、二五七円で、これに対する所得税額が別紙2の脱税額計算書記載のとおり七、六五六、二〇〇円であるにもかかわらず、売上の一部を除外するなどしたうえ、仮名の定期預金を設定する等の行為により所得を秘匿し、昭和四六年三月一五日広島県竹原市竹原町北堀一、五四八番地の一七所在の竹原税務署において同税務署長に対し、所得金額が一、〇八六、七〇〇円でこれに対する所得税額が六四、七〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により、昭和四五年度の所得税七、五九一、五〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一、被告人の当公判廷における供述

一、第一、第八回公判調書中の被告人の各供述部分

一、被告人の検察官に対する昭和四八年一二月二一日付、昭和四九年二月一四日付、同年三月七日付、同月一〇日付、各供述調書

一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書八通

一、被告人作成の確認書

一、第六回公判調書中の証人吉田美智子の供述部分

一、第五回公判調書中の証人松島康夫の供述部分

一、当公判廷における証人青木頼夫の供述

一、吉田弘幸の大蔵事務官木島正(昭和四七年二月二二日付)、同下間佐二夫に対する各質問てん末書

一、寺井諦一の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、大蔵事務官青木頼夫(売上金額の確定に関するもの)同下方義美、同菅近保徳(三福信用組合関係のもの)作成の各調査事績報告書

一、三和銀行本店営業部長榎村義、住友銀行本店営業部長河田龍介、三福信用組合本店営業部長宮沢義博作成の各証明書

別紙修正貸借対照表の勘定科目につき

全勘定科目

一、被告人作成の陳述書(その3)

一、第七回公判調書中の証人戸能弘の供述部分

当座預金

一、大蔵事務官柴田元隆作成の調査事績報告書

一、福徳相互銀行生野支店長松岡宏作成の証明書

定期預金

一、大蔵事務官作成の現金有価証券等現在高検査てん末書

一、大蔵事務官柴田元隆、同北条清男作成の各調査事績報告書

一、福徳相互銀行生野支店長松岡宏、呉信用金庫忠海支店長代理泰正義作成の各証明書

一、押収してある得意先カード(個人企業)三通(昭和四九年押第五七号の一ないし三)

普通預金

一、大蔵事務官柴田元隆、同菅近保徳(三和銀行東大阪支店関係のもの)作成の各調査事績報告書

一、福徳相互銀行生野支店長松岡弘作成の証明書

一、三和銀行東大阪支店長田端晴夫作成の確認書

定期積金

一、大蔵事務官山本守人作成の調査事績報告書

一、福徳相互銀行生野支店長松岡宏、福寿信用組合今里支店長清水利造作成の各証明書

別段預金

一、山本俊三の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、大蔵事務官山本守人作成の調査事績報告書

一、福寿信用組合今里支店長清水利造作成の証明書

割引債券

一、大蔵事務官菅近保徳作成の調査事績報告書(日本長期信用銀行大阪支店関係のもの)

一、日本長期信用銀行大阪支店長西尾哲夫作成の証明書

貸付金

一、亀井家満の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、亀井家満、藤原明作成の上申書

前払費用

一、大蔵事務官沢井芳彦作成の調査事績報告書

店主勘定

一、大蔵事務官青木頼夫作成の調査事績報告書(生活費についてのもの)

一、大津や西田昭二作成の委託者別委託証拠金現在高帳写及び委託者別先物取引勘定元帳写

借入金

一、大蔵事務官柴田元隆、同山本守人作成の各調査事績報告書

一、福徳相互銀行生野支店長松岡宏、福寿信用組合今里支店長清水利造作成の各証明書

一、吉田弘幸の大蔵事務官木島正(昭和四七年二月二五日付)に対する質問てん末書

一、亀井家満の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、亀井家満作成の上申書

支払手形

一、大蔵事務官柴田元隆作成の調査事績報告書報告書

一、マツダオート大阪経理部経理課、長畑亮三作成の回答書

未払金

一、萬国物産代表取締役浜本久雄、福知山醸造代表取締役奥田慶三作成の各答申書

預り金

一、被告人の検察官に対する昭和四九年二月一五日付、同月二六日付、同年三月六日付各供述調書

一、佐藤春雄、三宅正毅、窪田栄、大島森矢の検察官に対する各供述調書

雑所得

一、大津や西田昭二作成の委託者別委託証拠金現在高張写、及び委託者別先物取引勘定元帳写

申告事実及び公表金額

一、押収してある昭和四五年分所得税の確定申告書一通(昭和四九年押第五七号の五)

(定期預金勘定科目の計上方法について)

検察官は、被告人の主張を認めた各定期預金(福徳相互銀行生野支店、勝見一郎名義及び土谷五郎名義、福寿信用金庫今里支店二木都子名義の計三口総額二五〇万円)について、これらをまず資産の部に計上したうえ、負債の部にも計上し、終局的には、これらを除外しているが、そもそもこれらは被告人に帰属しないことを認めたものであるから、より簡明に、資産及び負債に計上しないこととした。

(三福信用組合本店の定期預金、普通預金、定期積金及び同組合からの借入金について)

検察官は、三福信用組合本店の定期預金(吉田美智子名義一口)普通預金(同名義一口)、定期積金(同名義三口、吉田栄子名義一口)及び同組合からの借入金(右美智子名義、吉田三千子名義各一口)について、いずれも、被告人に帰属すべきものと主張するところ、同組合本店営業部長宮沢義博作成の証明書によつて認められる右各取引関係の発生時期及び取引状況の推移等に照らすとき、いずれも判示事実とは、無関係で、飲酒店「旅路」ないし洋酒喫茶「いずみ」の営業に関するものであると、推認されるが被告人は、右「旅路」ないし「いずみ」は妻美智子の経営にかかるものである旨公判廷で供述し、第五回公判調書中の妻美智子の供述部分もこれに沿うものである。被告人らが、ことさら右営業を、妻美智子の独立した経営にかかるものである旨強調する部分は、不自然さを否めないのであるが、少なくとも妻美智子を中心とした営業であるとの主張と解する限りにおいて、軽々に否定しえないものがある。保健所関係の届出が妻美智子名義でなされているとの当公判廷における証人青木頼夫の供述や被告人が二木都子なる女性と懇意にし、同様の店舗を持たせて、これにも出入りしている事実に加え、大蔵事務官菅近保徳作成の調査事績報告書(但、三福信用組合関係のもの)には、同組合からの調査結果として「全て吉田美智子との取引で、組合としては、吉田徳成との面識はない。」との記載が見られ、もつぱら、妻美智子が管理に携つていたことは明らかであることなどの事実は、被告人らの供述に一応の客観性を付与するものであり、他にこれと異なる心証を惹起する証拠はない。以上認定の事実によれば右営業からの所得ないし派生する取引関係について、一応は妻美智子に帰属するものと解して差支えない。そこで、右営業に関連する前掲各取引は、「吉田美智子」名義のものはもとより、その仮名と推認される「吉田栄子」「吉田三千子」名義のものも含め全て妻美智子に帰属すべきものであるから、被告人の資産ないし負債として計上しないこととした。

(福徳相互銀行生野支店の普通預金、定期積金について)

被告人及び弁護人は福徳相互銀行生野支店の普通預金、口座番号一〇二五〇三吉田徳成(白蘭)名義、同五四八九三吉田徳成(旅路)名義、同一〇三八八二、吉田美智子名義につき、また定期積金、同番号一六七六〇-〇一、吉田美智子名義につき、いずれも妻美智子ないし二木都子に帰属するものである旨主張しているので以下個別に検討する。

1. 普通預金口座番号一〇二五〇三、吉田徳成(白蘭)名義について

右預金について、被告人はその愛人二木都子の経営する飲酒店「白蘭」関係のものである旨主張するが、右預金は、被告人が判示事業の準備活動を開始したところに設定されているうえ、殊に、昭和四四年一二月二六日に預入されている九〇万円が判示事業に対する大塚製薬(株)からの協力金であることは、被告人も、大蔵事務官に対する昭和四七年五月二四日付質問てん末書で認めているところであり、その後、同月二九日には、一五万円を引き出し、これを実兄吉田松右衛門あてに送金していることなどに照らすと、やはり、被告人の預金であると認めざるを得ない。

2. 同五四八九三吉田徳成(旅路)名義について

右預金について、被告人は、前記「旅路」関係の預金で妻美智子に帰属すべきものである旨主張するが、判示事業の開始時期に接着した時期に、かつ同銀行の普通預金口座番号五四九〇二、吉田徳成(万博)名義と日を同じくして設定されていることや、その後の預金状況の推移からしても、判示事業との関連性が推認されるところ、第五回公判調書中の証人松島康夫の供述部分によれば、結局、同銀行の他の被告人名義の普通預金とことさら異同はないと認められるうえ、被告人の大蔵事務官に対する昭和四七年四月一一日付質問てん末書によれば、判示事業中の生活費の支出に利用されたものであると思料され、やはり被告人に帰属すべきものと解するのが相当である。

3. 同一〇三八八二、吉田美智子名義について

右預金の設定時期は、一層判示事業に接着しているのであるが、その後、事業期間中はほとんど動きがなく、また右預金のみが妻美智子の名義で設定されていることに照らすと、妻美智子の財産関係について、一応独立性を認める以上、これを被告人に帰属すべきものと断定するにはなお疑義が残り、本件関係証拠を精査するも、これを払拭しえないので、被告人の資産として計上しないこととした。

4. 定期積金、同番号一六七六〇-〇一、吉田美智子名義について

右についても、本件関係証拠によつて、被告人に帰属すべきことを確認しえなかつたので、被告人の資産として計上しないこととした。

(南武雄に対する貸付金、一五〇万円について)

検察官は、昭和四五年度内に、被告人が南武雄に対し金一五〇万円を貸付けた旨主張するが、被告人は右金員は貸付金でなく交際費として使用したものであると主張し、また検察官に対する昭和四九年三月一〇日付供述調書においては、昭和四四年末ころに、日本万国博覧会協会への運動費として、右金員を南武雄に交付した旨供述しているところ、本件関係証拠によるも、右金員交付の時期及び趣旨に関し前記被告人の供述を覆えし検察官の主張に沿う事実を認定するに至らなかつたので、貸付金として計上しないこととした。

(洋酒喫茶「いずみ」の売掛金及び買掛金について)

既に説示したとおり、右「いずみ」の経営主体は妻美智子であるから、その売掛金及び買掛金は妻美智子に帰属すべきものである。ただ右売掛金の減少について被告人は判示事業に費消した旨供述し、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。しかし売掛金として計上するのは相当でなくむしろ、妻美智子からの借入金と解すべきものであるので右減少額九一万円を借入金の勘定科目に計上することとし、なお右買掛金については、被告人の負債として計上しないこととした。

(店主勘定について)

検察官は、店主勘定の総額が、一六一万円である旨主張し、被告人は、右のうちには、住込従業員四名の生活費(賄費)四一万円が含まれており、残額一二〇万円が店主勘定として計上されるべきである旨主張する。しかし、検察官は、大蔵事務官青木頼夫作成の調査事績報告書(生活費についてのもの)によつて認められる昭和四五年度中の生活費一一〇万円(右証拠によれば一一一万円とあるが、うち一万円を切捨てたものと解される。)と、被告人の大蔵事務官に対する昭和四七年五月二四日付質問てん末書並びに大津やこと西田昭二作成の委託者別委託証拠金現在高帳写及び委託者別先物取引勘定元帳写によつて認められるとおり、被告人が小遣いとして費消した雑所得五一万円とを合算して、店主勘定一六一万円という数額を算定しているのである。この点に関する被告人の主張は、検察官が一六一万円全額を生活費として主張しているとの誤解に基づくものと解され、生活費に限れば検察官の主張する数額は、被告人のそれ(一二〇万円)を下廻つているのであるから、結局被告人の前記主張は理由がない。

(妻美智子からの借入金について)

被告人は、妻美智子から昭和四四年度に四〇〇万円を、昭和四五年度には七五六万円を各借入れた旨主張し、公判廷において、これに沿う供述を繰り返しており、また妻美智子も、これを裏付ける証言をしているので、以下、それぞれの信憑性を評価しつつ右借入れの事実の有無について検討を加える。

まず被告人の公判供述によれば、妻美智子から判示事業への資金融資として、昭和四四年五~六月ころに、二~三〇万円を二度に亘り、借りたのを始めとして、同年七~八月に一〇〇万円、同年末には二~三〇〇万円更に昭和四五年には、三月ころまでに三〇〇万円、三月初旬に五〇〇万円を借入れたが、いずれも東大阪市足代二-九妻美智子ら家族の居宅において同女から現金で受け取つたものであるとし、更には、大蔵事務官に対する質問てん末書に右事実の記載がないのは、その旨供述したのであるが夫婦の間で貸借関係は認められないとして取上げてもらえなかつたというのである。しかしながら当公判廷における証人青木頼夫の供述によれば、同証人の調査に際し、被告人からこの点に関する何らの供述もなかつたばかりか、右借入金を加算せずとも、判示事業の開業までに要した費用と対比し、資金準備に不足はなく、被告人も認めている昭和四四年度末の手持現金四九〇万円は、右借入金を考慮せずに、算定されたものであることが認められる。被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書を精査するも、妻からの借入金云々の供述はもちろん、自己資金との趣旨においてさえ、右の如き多額の資金の出損があつたとの供述が、見当たらないことは、右青木証言を確かめるに充分であるし、これと抵触する被告人の供述は、容易に措信し難いものである。

次に妻美智子の証言によれば、融資状況については大略被告人の公判供述に沿うものであるが、更に、融資した多額の金員の保管状況については、全て、自宅に現金で所持していたもので、銀行等の金融機関には預け入れないことにしていたというのである。しかし、右証言は、それ自体合理性に乏しく、殊に同証言によれば、以前被告人に三六万円を用立てた際、右金員を三福信用組合本店から借入れたとのことであるが、すると、判示事業への融資に際しては、かねて手持の現金で数百万円を、一度に融資しながら、僅か三六万円を、利息を負担してまで、金融機関からの借入れにより融資したことになり、この点でも同証言は既に破錠を来たしている。のみならず、同女と右三福信用組合本店との前記取引状況に鑑みるに、同女が、右のような多額の手持現金を有していたかについては、否定的に解さざるを得ないのである。

ただし、被告人は、昭和四五年度に発生した妻美智子からの借入金として主張する七五六万円の内金六〇万円は、妻美智子が生活費を負担した分である旨述べており、右の程度の金額の出損については、前説示によるも、これを否定しえない。そこで、右六〇万円を、洋酒喫茶「いずみ」の買掛金減少額相当の九一万円と合算し、結局、妻からの借入金としては、昭和四五年度発生分として計一五一万円を計上し、その余の主張額については、既に説示したところから明らかなように理由がないので、計上しないこととした。

(仮受金について)

右について、検察官は、福徳相互銀行生野支店普通預金口座番号一〇二五〇三吉田徳成(白蘭)名義に昭和四四年一二月二六日に預入された大塚製薬(株)からの協力金九〇万円のうち、各三〇万円は実兄吉田松右衛門と実弟吉田修に帰属すべきものであり、そのうち一五万円が昭和四四年一二月二九日に返済され、残金計四五万円は、同年末現在仮受金として存在し、昭和四五年度内に右残額が返済された旨主張するが、被告人は、大蔵事務官に対する昭和四七年五月二四日付質問てん末書ではこれに沿つた供述をしているものの公判段階では昭和四四年一二月三一日に全額返済済みである旨供述し、第六回公判調書中の右松右衛門の供述部分には、被告人の供述に沿つた証言があつて、他にこれを覆えずに足りる証拠がないので、仮受金勘定科目には計上しないこととした。

(買掛金勘定科目について)

検察官主張にかかる洋酒喫茶「いずみ」の買掛金については、前説示のとおりであるが、更に被告人は、資産として計上してある割引債券の数額に相当する四七一万九、五〇〇円を昭和四五年度内に発生した買掛金として計上すべき旨主張し、被告人の公判供述及び検察官に対する昭和四九年三月七日付供述調書によると被告人は判示事業期間中場外売りを認めていた二人連れの外商から、毎月の売上金を預り、当初は、手数料として二割位を差引き残額を返済していたが、その後これらの者と、紛争を生じたため預つた売上金の返済を留保し、昭和四五年一二月末ころ、右金員で割引債券を購入したものであるから、右割引債券の価額四七一万九、五〇〇円が右預り金に相当するというのである。しかしながら、この点に関する被告人の供述内容を仔細に検討するとき、極めて不自然な点が多く、また、前記青木証言及び被告人の同証人に対する各質問てん末書によれば、同証人の査察に際し、被告人から、右預り金について何らの供述もなく、ただ名宛人(裏書人)不明の小切手について追求を受けた際、これを右外商に対する売上金の返済に充てたものである旨主張して当該外商の存在に触れているに過ぎず、供述に著しい変遷がみられるうえ、更に右青木証言によれば、右割引債券につき、被告人は、知人から購入方を懇請されて止むなく購入したもので何ら必要性があつて購入したものではない旨、供述したとのことであり、前記供述とは明らかに矛盾する。そのほか、同証言によれば、被告人が当該外商宛に振出したと主張する前記各小切手の名宛人の所在につき、逐一調査を尽くすも、該当者を発見しえなかつたことに照らすと、被告人の前記供述は事実に反するものであるとの心証に至らざるを得ないので、被告人の前記主張はこれを採用しない。

(事業専従者控除について)

被告人は、妻美智子及び長女伊登美が判示事業に専従している旨主張し、それぞれ事業専従者控除を求めるようであるが、所得税法五七条三項の規定によれば、専従者控除と配偶者控除または扶養控除との重複控除は認められないところ、妻美智子の場合、右規定による専従者控除の限度額一五万円を上廻る一七万七、五〇〇円を控除額とする配偶者控除を認めれば足りる。また長女伊登美については、被告人の大蔵事務官に対する昭和四七年八月八日付質問てん末書によれば、同女は当時高等学校在学中であつたと認められ、これは所得税法施行令一六五条二項一号所定の専従者控除は認められず、扶養控除として取扱うこととする。

(所得税ほ脱の犯意について)

関係各証拠を総合するに、被告人は、

(一)  判示事業に際し、日本万国博覧会協会から売上金を預入すべき銀行の指定を受けながら、当該指定銀行である三和銀行本店及び住友銀行本店には、売上金総額一億四、〇〇〇万円余りのうち、五、五〇〇万円位を預入したのみで、七、八〇〇万円余りの金額を、指定外の銀行に入金していること。

(二)  昭和四五年末ころに、福徳相互銀行生野支店において、同銀行係員に依頼して、約一、八〇〇万円もの多額の仮名の定期預金を設定していること。

などの事実が認められ、これらの事実に照らせば、被告人が所得税ほ脱の犯意を有していたことは明らかであり、被告人が大蔵事務官に対する昭和四七年二月二五日付質問てん末書において故意に過少申告した旨供述しているのは、その真意を吐露したものとみることができる。

(法令の適用)

被告人の判示所為は所得税法二三八条一項に該当するところ、所定の懲役と罰金とを併科し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役六月及び罰金二〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条一項により金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤野博雄 裁判官 森田富人 裁判官 田中澄夫)

別紙1

修正貸借対照表

昭和45年12月31日現在

<省略>

別紙2

脱税額計算書

昭和45年度

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例